圓蔵祭囃子

懐島大庭景能が笛太鼓の宴で源頼朝をもてなした故事に由来する。

800余年前の鎌倉時代、源頼朝が京に上洛の折、当時の懐島郷(現、茅ケ崎中央一帯)の円蔵に館城を構えていた頼朝の重臣、大庭景能(かげよし)の円蔵館に宿泊する。その宴に景能が神楽の楽人を呼び、笛や太鼓で自ら接待し、頼朝を喜ばせたという。この神楽囃子を村人が引き継ぎ、伝承されて、今の圓蔵祭囃子になったという。明治中期から後期に掛けて、近在・近隣の祭禮に招かれ、各地の若者に圓蔵祭囃子を教え、大層喜ばれたと聞く。茅ヶ崎市内には現在、太鼓のある地区が26ヶ所有り、大きな活動をしているのが、茅ヶ崎祭囃子連合会傘下の16団体です。その茅ヶ崎の太鼓の内、幾多のルーツは円蔵太鼓と言われています。昭和50年3月茅ヶ崎市重要無形文化財第1号に指定されました。圓蔵祭囃子には、子供たちも混成の笛太鼓の演奏の他、ヒョットコやオカメの面を被った「馬鹿踊り」も演目にあります。先人たちが残した伝承文化を後世に伝え残すことが、私たちの勤めであると思います。

投稿の推薦者:圓蔵祭囃子保存会
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