江島神社 弁財天

帆船やまゆり

旧山川秀峰・方夫邸

二宮町 吾妻山公園

鵠沼はす池

地形搗(じぎょうつき)

西寒川支線 廃線跡

寒川町田端・生往寺

大磯宿場まつり

「第3回 湘南遺産 選定決定 報告書」

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第3回選定遺産 3rdresult

第3回「湘南遺産」選定発表会 2018.6.24 開催

【ご来賓および推薦団体のご挨拶(要約)】


茅ヶ崎市長 服部信明様ご挨拶

湘南遺産は、湘南地域の素晴らしいものを皆さんで見つけて保存しながら伝えていく、そして将来に向けて大事にしていくという思いで進めていただいております。茅ヶ崎では、1 回目は南湖院と烏帽子岩を、2 回目では浜降祭と茅ヶ崎館を、今回は一番前に陣取られていらっしゃいますけれど、茅ヶ崎市円蔵地域の地形搗を遺産として選んでいただきました。これからもこの取り組みが湘南地区全体を盛り上げ、この地域に愛着をもつ人がも っと増えていく取り組みとして発展されることを大いに期待したいと思います。


藤沢市長 鈴木恒夫様ご挨拶

今日は近隣各地から湘南遺産選定の会にお見えになり本当に有難うございます。先ほどからお話しを聞いておりましたが、9 か所の湘南遺産の内、どのくらい知っているのか数えましたら、5 つ知っておりました。はす池ですが、今ある新館の前の池で藤沢メダカを愛でていただくことになっています。市民の方に、このような形で藤沢のいろいろ素晴らしい歴史遺産を知っていただくこと、そして感じていただくことが大事と思っております。郷土愛が溢れる藤沢をみんなでつないでいくことが大事であると思います。又、同じ相模の国でありますので、近隣の皆さんともぜひ仲良くして、心豊かになって頂くことが、何よりも大事ではないかと思っておりますので、今後とも宜しくお願い申し上げます。



神奈川県議会副議長 齋藤健夫様ご挨拶

地域の中で、それぞれの小さい団体の皆さんが地元の文化や歴史を学んだりする機会は沢山あると思いますけれど、こうしたかたちで広域的にそれぞれの中で突出したところを順次選んでいただけることは大変有難いことだと思います。オリンピックが近づいていますし、県の方でも各地域特有の文化や歴史の財産をしっかりと選定させていただき、県内だけでなく国外含めて遠くからお越しいただくときに、どういうコースを歩けば楽しんでいただけるかを計画し、皆さんにお知らせし、広げているところです。そうしたことを含めて、県との関わりの中でご支援をさせていただくことが出来るよう努力していきたいと思います。


【各推薦団体によるスピーチおよびパネルディスカッション】

大磯宿場まつり


NPO 法人大磯だいすき倶楽部理事 坂本桂太郎様
(●推薦団体:NPO 法人大磯だいすき倶楽部 ●出席者:NPO 法人大磯だいすき倶楽部理事 坂本桂太郎様)
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坂本様「旧東海道の面影が残る大磯宿跡の路上で、江戸時代の大道芸人や花魁道中の格好で当時にタイムスリップした雰囲気を味わえるお祭りです。この宿場まつりは、当時の松並木の風景が色濃く残っている街道風景だけでなく、お祭りが始まった経緯や立上げに関わって来た人達自身に大きな特徴があります。かつての東海道には、桑名や鈴鹿等の宿場町がありましたが、そこの商工会青年部の人達がこのままでは本当の東海道が忘れられてしまうという危機感から昭和 63 年に東海道シンポジウムを起ち上げました。たまたまシンポジウムに参加していた大磯に関係のあった方が地元商店に声がけしたのがきっかけとなり、地元小学校の同窓生などが動き、平成 6 年に宿場まつりが始まりました。始まってから 20 年以上も経ちましたが、東海道という横のつながりが出来たことがよかったと思います。お祭り当日は、品川、由布、蒲原、草津などから代表がいらして、地場の産物を紹介したり、販売したりするようになりました。東海道と言えば、湘南地域の多くの皆さんにも関りがあり、宿場町同士が連携できる可能性を秘めているお祭りだと考えています。」

茅ケ崎円蔵 地形搗(じぎょうつき)


円蔵睦会 小室泰彦様
(●推薦団体:円蔵睦会 ●出席者:円蔵睦会 小室泰彦様)
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小室様「家を建てるとき、今はコンクリートで基礎をつくりますが、昔は固めた地面に石を据え、その上に柱を立てました。このように土台の地面を固めることを地形搗(じぎょうつき)と言います。今から 800 年前の鎌倉時代に、源頼朝の重臣で普請奉行を命じられた懐島大庭景義という人がおりました。普請奉行として八幡宮の創建や若宮小路の道路整備等、鎌倉の基盤づくりに尽力したようですが、そのため、円蔵には大勢の職人が住んでいたといいます。昭和 63 年に明治生まれのとび職だったおじいさんから、円蔵には昭和のはじめまで 4 本足の地形搗というのがあったが、それを復活して欲しいという要望があり、子息の方によって櫓(やぐら)のつくり方、組み立て方、さらに東海道 53 次の宿場を歌い続けていく地つき唄が復活しました。平成元年に地形搗の櫓が出来上がり、平成 2 年に初めて地形搗を行い、現在に至っています。」

寒川町田端 生往寺


寒川町観光協会ボランティア 江畠新吉様
(●推薦団体:寒川町観光協会 ●出席者:寒川町観光協会ボランティア 江畠新吉様)
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江畠様「生往寺は寒川町の田端にある浄土宗のお寺です。湘南遺産にエントリーしたのは、生往寺が湘南の戦国時代あたりを考える上で1つの材料になると思えたからです。応永 24 年に大森氏が小田原に最初に城をつくり、80 年位は大森一族が小田原城主だったのですが、北条早雲が大森氏から小田原城を奪った後の 90 年位は北条氏の時代が続きます。天正 18 年に秀吉が小田原征伐を行い、その後家康が関東にやって来た結果、湘南の領主が大分入れ替わってしまいました。茅ヶ崎の萩園村領主の遠山氏の初代から 9 代までの墓が生往寺にありますが、その遠山家の墓と極めて近いところに大森家の墓が何基も並んでいます。小田原城初代城主の大森氏の子孫泰次が開創したお寺のためでしょうが、戦国時代末から江戸初期までの湘南を考える上で、なかなか興味深いお寺と考えられます。」

西寒川支線 廃線跡


寒川町観光ボランティアガイド 森和彦様
(●推薦団体:寒川町観光協会 ●出席者:寒川町観光ボランティアガイド 森和彦様)
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森様「西寒川支線は 1884 年 3 月 31 日で廃線になりました。支線跡地は緑道となり、西寒川駅は八角広場として整備されました。一之宮公園には約 200m、八角広場には約 29mの廃線当時のままの路線の跡が残っています。西寒川支線を湘南遺産に推薦した理由は 3 つあります。1 つ目は、廃線当時のままの姿が残っていること。2 つ目は、この支線の歴史的な意味合いです。砂利輸送でスタートした支線ですが、工場の物流や通勤の足として活躍した他、海軍工廠ができたことで軍事輸送も行いました。3 つ目はレールに込められた歴史です。このレールの製造年刻印に皇紀の年号があるのは大変貴重です。距離の短い支線ですが、歴史の詰まった意義深い支線だったと思います。また、寒川支線跡は桜の花の名所で、県外からも多くの方が来られます。寒川神社ルートの中に組み込んでありますので、表参道を通って何箇所も桜の花を見て歩くことが出来ます。200m の線路歩きを体感するためにもぜひいらしてください。」

鵠沼はす池


はす池の自然を愛する会 武井創様
(●推薦団体:はす池の自然を愛する会、桜小路公園愛護会 ●出席者:はす池の自然を愛する会 武井創様)
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武井様「昔、はす池の周囲は田畑に交じって蓮田がありましたが、その後発生した境川の氾濫で蓮田が蓮池になり、やがてはす池といわれるようになりました。昭和 30 年代に蓮が枯れ、その後も埋立や不法投棄が起こったため、昭和 49 年に地元の市民団体が結成され、私たちの団体も発足しました。平成 4 年に第 2 はす池に誠蓮を移植しましたが、平成 20 年に真っ赤な特定外来植物が発生し、池が池らしくなくなってしまいました。そこで、市民ボランティアが中心の駆除活動が開始され、地道な努力で回復しました。家で飼えなくなったカメとか、祭りですくってきた金魚、昔はブラックバス等を放流されてしまったのですが、自然環境を保つ意味でも在来の動植物を優先していかないと池の生態系が崩れてしまいます。平成26年には第1はす池に舞妃蓮を移植し、はす池の名称の通りに蓮が復活しました。藤沢メダカやカワセミのいる住宅街に遺されたオアシスとして、湘南を代表する池として、将来に向けてしっかり残していきたいと思っています。」

帆船やまゆり


NPO 法人帆船やまゆり保存会理事長 中村満夫様
(●推薦団体:NPO 法人帆船やまゆり保存会 ●出席者:NPO 法人帆船やまゆり保存会理事長 中村満夫様)
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中村様「やまゆりは前回の東京オリンピックのときにつくられた艇です。最初は県警がもっていたんですが、帆掛け船での警備は考えられないということで、江の島ヨットクラブの旗艦、フラグシップとなりました。やまゆりの継承にはお金がかかりますが、自分たちで直す方針で毎日修理をしています。そうした時に次の東京オリンピックのセーリング会場が藤沢に決まり、再度やまゆりの出番が来ましたが、極めて稀有と思われますので、この貴重な艇をもう一度気合を入れて保存していこうと思っています。よく、今日海へ行ってきたと言いますが、正確には海辺、海の辺りに行って来たということです。海というのは船に乗らないと分からない。船に乗って初めて分かるんですね。そのため、年間 20 回ぐらいセーリングをやっております。海が分かる道具として、やまゆりの役割があると思っています。ちゃんと走る、安全に走ることが大事ですので、沢山の人に声をかけて活動を盛り上げていきたいています。」

二宮町 吾妻山公園


二宮町観光協会事務局長 成川一様
(●推薦団体:二宮町観光協会 ●出席者:二宮町観光協会事務局長 成川一様)
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成川様「公園の山頂からは、北に丹沢、西から南に富士や箱根連山、伊豆半島が連なり、水平線に大島、東に江ノ島、三浦半島の他、房総半島まで見渡せます。1-2 月に約 6 万株の早咲きの菜の花、4 月の桜、4-5 月のつつじ、6-7 月のあじさい、7-8 月のコスモスと、四季を代表する花々も楽しめますが、圧巻は早咲きの菜の花で、春の訪れを湘南で一番早く感じられると思っています。吾妻山南側の中腹には我が身を犠牲に、夫である日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を助けた弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)を祀った吾妻神社があり、縁結びの神様として親しまれています。また、太平戦争末期に本土決戦に備えてつくられた陣地や防空壕が残っており、時代の流れとともに吾妻山の存在意義が変化していますが、1 人でも多くの方々に吾妻山に親しんでいただきたいと思います。」

旧山川秀峰・方夫邸


まちづくり工房しお風 神保智子様
(●推薦団体:まちづくり工房しお風 ●出席者:まちづくり工房しお風 神保智子様)
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神保様「こちらのお宅は、元々は美人画で有名な日本画家の山川秀峰さんが、戦争中の昭和 18 年に疎開先の別荘を海の見えるところにつくろうと二宮を探し当て、吉田五十八さんに設計してもらい、建てた建物です。秀峰さんが日本画を描くお宅だったんですが、障子をあけると茶室となるようなつくりが素晴らしいのです。戦争中のため、まことに小さなお宅なんですが、どこが突出していいということは難しいのですが、行くといい気持ちになる、ホッとする、いい気が流れている、とても住み心地の良いお宅です。東大の藤森照信名誉教授がこの建物を解説してくれたおかげで、いろいろな方が見学に見えました。家庭画報が住宅遺産で取り上げたり、神奈川近代文学館で山川方夫と三田文学展が開催されるなど、外部の方にはそれなりの評価を受け始めているように感じますが、二宮ではまだ知られていないので、湘南遺産選定を機会に広く知ってもらえばうれしいです。」

江島神社 弁財天


江島神社代理 藤沢市観光協会専務理事 武田邦博様
(●推薦団体:江島神社 ●出席者:江島神社代理 藤沢市観光協会専務理事 武田邦博様)
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武田様「江島神社は、皆さま一度はお越しになったこともあろうかと思いますが、北の参道の方から登って行きますと、奥津宮、中津宮、辺津宮と 3 つの宮からなっております。祀ってある神様は、多紀理比売命(タギリヒメノミコト)、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)、田寸津比売命(タギツヒメノミコト)と、それぞれ違っているのですが、共通しているのが 3 人とも女神様ということです。それぞれ大変古い歴史を持っているのですが、よく紹介されるのが妙音弁財天で、日本 3 大弁財天の1つとされています。辺津宮は、1206 年、鎌倉幕府の 3 代将軍源実朝が創建された大変由緒正しい神社です。伝統的な神事も行われておりまして、伝統と文化に富んだ行事が現在まで継承されています。こう言ったものを後世にきちんと伝え残していくことが大変重要なことと考えております。」

記念撮影


【交流会】

来賓の星野つよし衆議院議員のご挨拶で始まった交流会は、吉野会員の中国「湘南寺」訪問ビデオでスタート、 なごやかな雰囲気の中で行われました。




第3回湘南遺産 発表シンポジウム・交流会 記録 [PDF:1.6MB]