カテゴリー: 人物, 歴史, 記憶

寒川町田端・生往寺

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小田原城主の子孫と萩園領主(戦国時代の終焉から江戸初期の旗本)の寺

 生往寺(しょうおうじ)は、小田原城を築城し、初代小田原城主となった大森氏の子孫、泰次が慶長元年(1596)に開創したお寺です。明応4年(1495)、北条早雲に小田原城を奪われた後、一時甲斐国に逃れ、後、寒川へ来ました。大森泰次・泰定父子の墓が生往寺にあります。また、慶長2年(1597)泰次は一之宮へ車地蔵を建立しました。(小田原城主時代の大森氏の墓は、郷里の駿東郡小山町乗光寺にあり、小山町指定文化財です。)
生往寺には茅ヶ崎市萩園村領主、遠山氏初代安吉から9代安親までの墓もあります。遠山氏の屋敷は萩園の常顕寺の南西にありました。今でも「殿屋敷の道」が残っています。第5代安誠は、萩園十二天社を勧請したり、満福寺を再建したりしました。(初代安吉の次男安則は、上土棚村(綾瀬市)を知行し、蓮光寺の遠山氏累代の墓は綾瀬市指定文化財です。)

投稿の推薦者:(一社)寒川町観光協会
http://www.samukawa-kankou.jp/entry.html?id=140422
https://samukawalk.jimdo.com/コースのポイント/生往寺-1/

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